僕等は彷徨う、愛を求めて。Ⅱ



「祠稀……」


小さな声によって現実へ引き戻された瞬間、鏡に映る人影にビクッと肩を揺らしてしまった。


「なんっ…だよ、凪か……。脅かすなよ、幽霊かと思ったじゃねぇか」


ドアを少しだけ開け、隙間から覗く凪に苦笑しながら振り向き、ドアを全開にした。目の前に立つ凪が、今日はなんだか小さく見える。


「何? 歯磨きしたいならしろよ」

「ちがっ…くはないけど……」


凪の目元が少し赤い。虐待の話を聞いたからなのもあるだろうけど、何かしたいのに、俺がそうさせないことが悲しかったんだろうか。


「悪かったよ、変な話して」

「っ! そんなこと思ってない!」


分かってるっつーの。お前は、なんでも受け止めるからな。


「凪。お前はなんとかしたいって思ってるかもしんねぇけど、必要ないんだよ、ほんとに」


疑いの目を向けてくる凪を鼻で笑って、乱暴に頭を撫でた。


「お兄さんが来るって……」


乱れた髪を直しながら、凪は小さく呟く。


「ああ、とりあえず一発殴ってきてもいい?」

「いやダメでしょ!」


間髪容れずに突っ込んできた凪にケラケラ笑うと、心なしか少し安心したみたいだった。


……そうだよ凪。なんてことない。


今、兄貴に会ったところで俺は虐待を受けるわけじゃない。殴りにだって行かない。興味すらない。


俺は必要なもの以外、いらないんだよ。


それがたとえ、家族という関係であったって。



< 58 / 812 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop