僕等は彷徨う、愛を求めて。Ⅱ
「寒くないの?」
温めたココアを注いだマグカップを手に、開け放たれたバルコニーに足を踏み入れる。凪は手すりに頬杖をついて、景色を眺めていた。
「……違うなーと思って」
……俺らが住んでるマンションから見える景色と?
「7階と28階じゃ、だいぶ違うでしょ」
言いながらマグカップを渡すと、凪は受け取り、もう一度景色を見る。
「それもだけど。こんなに高かったかなーと思って。すごい遠くまで見える。……別世界みたい」
懐かしむようにも、身に覚えがないようにも見えた。それは凪がこの街を、数ヵ月離れたからなのか、忘れようとしたからなのか。どちらも当てはまるんだろう。
「凪。中入ろう」
「……ん」
マグカップから上る湯気を揺らしながら、凪は微笑んだ。
リビングに戻って暖房をつけると、テレビがつけられたのが分かる。
「どこにも行かなくていいの?」
ソファーに腰かけた凪の隣に座ると、「うん」と返ってきた。
「特に行きたいところもないし」
言いながら俺に寄りかかってきた凪に何も返さず、お互いテレビ画面を見続ける。
時刻は午後3時過ぎ。きっと今日も、颯輔さんより先に緑夏さんが帰ってくる。
一応、俺の母親代わりになる人は、決して悪い人ではなかった。
数日この家で過ごしたけど、緑夏さんは感情が表に出やすくて、分かりやすい。俺も祠稀も有須もそれだけは分かって、凪はもっと、彼女のことを知ってるんだ。
今この家に見える、颯輔さんと緑夏さんふたりの生活。それ以前にあった、3人で過ごした思い出。
凪は思い返して、何を感じるんだろう。
あと3時間後、凪は緑夏さんに、何を伝えるんだろう。
「……」
俺の肩に寄りかかる凪の頭に、自分の頭を乗せた。このままふたりで眠りについて、どこまでも堕ちていこうと、少し前だったら思ってる。
だけど今は、無性に切なくなって。
いつか来るサヨナラの日まで、心が愛しさで満ちていてほしいと、そう思った。