僕等は彷徨う、愛を求めて。Ⅱ


「……早坂先生がいなかったらって思うと、あたしは中学生で消えてたかもしれない」


カウンセラーと、患者。その域を超えてでも、繋がっていた。


間違ってたかもしれない。だけどあたしにとって、必要な存在だった。


利用したのか、頼っていたのか、依存していたのか。そのどれもが当てはまる気がするけど、大事な存在だったことに間違いはないよ。


「あたしと出逢ってくれて、ありがとう……」


返ってきたのは言葉ではなく、溶けそうなほどゆるやかな、笑顔だった。


「もう行きな。帰りを待ってる奴がいるだろ」

「……」


もう逢えない?

そう思ったけど聞くのはずるい気がして、少し間を置いてから立ち上がる。


「……またね」


さよならは、言わない。きっと早坂先生はパパの“輪”の中にいて……また、出逢えると思うから。


「おう。また、いつか」


微笑みに、微笑みを返して、あたしは早坂先生に背を向けた。


――泣くな。この店を出ても、泣いてやるもんか。



「凪」


ピタリと足を止めたあたしの名前を、早坂先生がもう一度呼ぶ。


「好きだったよ」


振り向いたあたしに、そう言うから。嬉しくて、幸せに思えて、少し泣きそうになって。


「あたしも好きだったよ」


本当の気持ちを言った。


早坂先生は口の端を上げながら目を伏せて、二度軽く手を振ってくれる。


早く行けって言ってるみたいで、再び足を進めた。


ブラック珈琲の苦みも、香りも、嫌いではないけど。砂糖やミルクを入れれば甘く、まろやかになることを知ってる。


あたしと早坂先生の関係は、互いが相手を貪るような、歪で、不格好なものだった。


それが消えて、なくなったように思えても。過ぎゆく時間の中で、ふとした瞬間に相手を想えば、少しずつ形を変えていくんだろう。


何してるかな。元気かな。


そうして再び逢えた時、あたしは目いっぱい、喜ぼう。



君に逢えてよかった。


それだけを胸に。いつか、また。

< 752 / 812 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop