僕等は彷徨う、愛を求めて。Ⅱ
アクセレーション
◆Side:凪
――8年後。
「おねーちゃーん! 見て見て!」
洗面所で歯磨きをしていると、9歳になったばかりの弟、宙の声が廊下から響く。
口をゆすぎながら鏡を見て、後ろのドアが開くのを待った。
「見て! 似合う!?」
「ごほっ! げほっ、ごほ!」
鏡越しに宙を見た瞬間激しく咽て、慌てて洗面ボウルに水を吐き出す。
手で口を拭ってから振り返ると、宙は「大丈夫?」と大きな瞳をぱちくりさせながら首を傾げた。
……首を傾げる癖って、彗のがうつったんだろうなぁ。かわいいからいいけど。
「じゃなくて! ちょっと宙! それ新しく支給されたばっか……あぁほらもう、引き摺ってるじゃん!」
宙が身に纏っていたのは、ぶかぶかの白衣。
「だって着たかったんだもーん。それに最初に着てって言ったのはお父さんだよ?」
「……へぇ」
宙に笑顔を向けてから洗面所を出て、リビングへ向かう。ソファーに座って新聞を読んでいる人は、あからさまに顔を隠していた。
「ちょっとそこのお父さ~ん。何勝手に人の仕事着を宙に着せてるのかなぁ?」
両腕を組んで横に立つと、そっと窺うようにあたしを見上げる瞳。
「……凪と並べて写真でも撮ろうかなぁって」
エヘッ!とでも言いそうな笑顔にイラッとすると、宙があたしの服の裾を引っ張る。
見ると、ブカブカの白衣で隠れてしまっているけど、手招きをしているようだった。
「何?」としゃがみ込むと、宙はあたしの耳元でコソコソと小さな声で話す。
「この前おねーちゃんの先輩が家に来た時、すごくおねーちゃんのこと褒めてたから嬉しいんだよ」
「……」
褒めてたって……先輩って早坂先生だし、何よりあの人がパパの前であたしを貶すとか絶対しないでしょ……。
ちらりと相変わらずの親バカを見ると、許してくれる?と言いたげな笑顔が向けられる。
まあ、多分、幸せボケしてるんだろうから、もういいけどさ。