空をなくしたその先に
爪を綺麗に塗った手を伸ばして、
イレーヌは一口サイズのケーキを取る。

節制という言葉とは無縁な生活を送っていてどうして体形を保っていられるのかわからない。
彼女は唇に塗った紅が剥げないように、慎重にケーキをかじった。


「しかしだな、わざわざこの家を出てティレントまで行く必要があるのか?」

「何もないのに同行するほどお人好しではありませんわ。

売り込みたい新種の大砲があるというだけのこと。

今のところ、マグフィレットの正規の部隊は、うちの商品は使用してくれていませんもの。

これは、私にとってもいい機会でもあるということですわ」


ケーキを飲み込んで、イレーヌは手を胸の前で組み合わせると

満足そうな表情をうかべて、背もたれに寄りかかった。

ディオの方に妖艶な流し目をくれて、どきりとする台詞をはく。


「お口添え、いただけるのでしょう。殿下?」


とまどったディオが口をもごもごさせていると、フレディはあきらめたようにため息をついた。

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