《短編》くすんだ鍵
「あ、そういえばアンナさんって、料理上手だってミツから聞いて。
あたしも教えてほしいなぁ、なんて。」


屈託のない笑顔で、彼女は首を傾ける。


つまりはあたしは、こんなブスで料理のひとつも知らない女より下ってことなのか。



「おっ、それ良いじゃん!」


ミツは横からまた便乗した。


どうしてあたしが、アンタのカノジョとなんて仲良くしなきゃならないの?



「ごめんね、あたし人に教えるのとか苦手だから。」


やんわりと断ると、琴音ちゃんはあからさまに落胆の表情を浮かべる。


これじゃあまるで、こっちが悪者みたいじゃないか。


結局、この空間で必要ないのは、あたしの方ということだ。



「まぁ、アンナの料理はちょっと味付け濃いしねぇ。」


一体誰の、何をフォローしたのかもわからないミツの余計な一言が、煩わしい。


ならあたしの作るものなんか食べなくて良いじゃない。


けれど言い掛けるより先に、鳴ったのは携帯の着信音。


あたしはそれを手にし、息を吐いてその場を離れた。



「はい、何?」


けれど耳に当ててすぐ、聞こえてきたのはうるさすぎる後ろの声。



『ねぇ、アンナ今どこ?
うちらロマンスで飲んでんだけど、暇ならおいでよー!』


友人からの電話は、ホストクラブへの誘いだった。


普段は翌日が仕事ならば断るのだけれど、でも今はとにかくこの場所になんていられなかったから。


すぐに行くと言い、通話を終了させた。

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