《短編》くすんだ鍵
「ごめん、やっぱり来るべきじゃなかったね。」


そう言って立ち上がろうとした時だった。


今度は背中から抱き締められて、動けなくなってしまう。



「ったく、ホントお前はただの強がりで、どうしようもねぇだけの女だよな。」


「そう思うなら離してよ。」


「離しても良いけど、他に行く場所なんかあんの?」


「………」


「そんなぐちゃぐちゃな泣き顔じゃ、俺以外には相手してくれる男なんていないっしょ。」


随分な自信だこと。


けれどそれすら事実で、動けないことを良いことに、またあたしはその場に崩れ落ちた。



「つーかさぁ、馬鹿な新人なんか指名しやがって、俺それなりにムカついてんだぜ?」


「よく言うよ、きゃーきゃー言われてへらへらしてたくせに。」


「何だ、嫉妬してたのか。」


「馬鹿言わないでよ、アンタのことなんかどうだって良いし。」


抱き合ったままこんなことを言い合うあたし達は、何なのか。


不貞腐れた顔を上げると、優心は笑いを噛み殺しながらあたしの涙を拭う。



「お前今、マジでコンパニオンかよ、って顔だぜ?」


「うるさい、黙れ!」


なまじその辺の女よりずっと整った顔立ちの男に笑われては、否定も出来ないけれど。


確か半年前、バーで再会した日にも優心は、こんな風にしてあたしを慰めてくれたんだっけ。


余裕そうな顔とは裏腹に、仕事が終わって速攻で帰ってきたのだろう、スーツのままだ。



「なぁ、もう一回だけ言うけどさ、苦しむだけの恋ならやめとけよ。」

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