美女の危険な香り
 マスターがタバコを銜え込んだまま、俺に話しかけてくる。


「日本もこんな不況でしょ?だから、下手に株なんか買い漁らない方がいいよ」


「いやね。俺もホントはそう思ってるんだ。だけど、どうしてもここで強引に相手方の株式を買い取ってしまわないと、エライことになるんだよ」


「そう?……こんな不景気でも今井商事にはそんなに潤沢な金があるんだ?」


「うん。だって、オヤジの代から国内外で複数の社と取引があったわけだし」


「ふーん……」


 マスターはいつの間にか火を点けていたタバコを吹かしながら曖昧に頷いていた。


 やがてタバコを吸い終わると、


「まあ、会社の舵取りをするのは今井さんだからね。俺が心配しても仕方ない話だし」


 と言って、吸い差しの状態のまま灰皿に置き、また別の客に出す肉を焼き始めた。


 店内は俺のように昼間から豪勢なものを食べる人間たちで溢れ返っている。


 六本木の街は実に賑やかなのだった。
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