美女の危険な香り
「早速、ここ土佐の歴史からお話を進めて参ります」


 と言った。


 俺も千奈美も栗本の歴史の解説を聞きながら、海を見て回る。


 そのとき、物陰に一人の人間がいて、こっちをじっと見つめていた。


 いかにも恨み辛(つら)みを抱えていそうなその男は、俺たちの方を睨みつけている。


 黒いコートを羽織って、ポケットの中には鋭利で人の肉さえもよく切れるようなナイフを隠し持っていた。


 そう、男は復讐を誓っていたのである。


 男の名は今更言うまでもなく猪原誠。


 優紀子の葬儀等には一切来ずに、俺たちが新婚旅行を送るここ高知までわざわざストーカーのようにしてやってきた誠は、ポケットの中でナイフを握り締めていた。


 人間は感情の動物である。


 誠は俺と千奈美を刺し殺すことで、無念のまま死んだ優紀子の弔(とむら)いをしようとしているようだった。

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