美女の危険な香り
 俺も千奈美も各々礼を言い、コーヒーを啜り始める。


 目の前で笑顔を見せる、この店のマスター深田勇一郎は、最近肺ガンの手術をしたらしい。


 深田はヘビースモーカーで、一日に一箱ぐらい軽く吸っていたようだ。


 タバコが健康に悪いと分かっていながらも。


 そして半年に一度受ける検診で肺に影が見つかり、ガンだと宣告されたらしい。


 深田は肺の中にあった腫瘍(しゅよう)を残らず摘出し、抗がん剤を服用しながら、今、自分の生き甲斐であるカフェ経営に力を入れているようだった。


 俺は確かに深田の頭の毛が抗がん剤の副作用で抜け落ちて、あえてスキンヘッドにしていることも頷ける。


 だが、世の中往々にして、何が幸か不幸か分からないものだ。


 肺ガンの手術の際に立ち会った、深田の妻の郁恵は心労があったのだろう、一年前に急性の脳梗塞で倒れて帰らぬ人となっていた。


 郁恵の葬儀に俺も参列していた。


 元々善良な人間で、夫に極めて献身的だったので、俺はやはり葬儀の際――しかも出棺
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