美女の危険な香り
間際だったのだが――は泣いてしまった。


 俺と深田が長い付き合いで、この店にも郁恵が手伝いに来ていたのを思い出す。


 もう二度とあの笑顔を見れないと思うと、やはり物寂しい。


 そして俺はそんなことは千奈美には一言も言わなかった。


 彼女もコーヒーを啜り取りながら、まだ気付いてないようで、俺はあくまで沈黙を守るつもりでいた。


「はい、いつものモーニング」


 深田がカウンター越しに、トレイに載せた料理を差し出す。


 トーストが二枚と、カットしたソーセージと卵を混ぜ合わせて炒めたスクランブルエッグが一皿、それに野菜サラダが一皿、カフェオレが一杯付いていた。


「ああ、ありがとう」


 俺は食事を取り始める。


 千奈美は俺の朝食を食べる様子をじっと見つめていた。


 彼女は朝は何も取りたがらないらしい。
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