美女の危険な香り
 出勤までには相当余裕があったからだ。


 俺は当然ながら、自宅には戻らない。


 優紀子がいて、今頃老眼鏡を掛け、新聞を読んでいるだろうと思われたし、誠とかいう男が遊びに来るのかもしれないからだ。


 俺は優紀子との仮面夫婦生活には本当に疲れていた。


 何せ自宅では俺の居場所は全くと言っていいほどないわけである。


 夜遅く帰り着けば、風呂に入って寝るだけだ。


 そして翌朝は早い時間帯に出社支度をし、まるで逃げるようにしてマンションを出ないといけない。


 下手すると、優紀子がまだ眠っている時間に俺は家を出なければならなかった。


 さすがにこれが重なれば疲れてしまう。


 俺は雁字搦(がんじがら)めになっていた。


 家には形式的に帰るだけで、実質職場にいる時間の方が長い。


 優紀子は香原財閥の一人娘だったが、最近実家に連絡を取っているらしい。
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