美女の危険な香り
 と言って、俺にコーヒーを淹れ、持ってきてくれた。


「ああ、すまんね」


 俺がそう返し、熱々のホットコーヒーの入ったカップを口に付け、中身を啜り取る。


 午後八時前後に、六本木駅前のサンツールで千奈美と約束していたから、俺は行くまでに幾分時間があった。


 俺ぐらいの年齢になれば、わずかな時間でも浪費してしまうのは惜しい。


 俺は買い込んでいた漱石の小説の文庫本を、しおりが挟んである場所から読み始めた。


 明治の古典はやはり面白い。


 俺はそう感じながら、いずれは漱石と鴎外を読破するつもりでいた。


 自分が文学青年ならぬ文学中年であることは十分分かっている。


 一行一行目を通していく。


 そして数ページ読むと目が疲れたので、読んだところまでしおりを挟む。


 ゆっくりと立ち上がって、窓際に佇み、六本木の街を見下ろす。

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