美女の危険な香り
「分かりました。じゃあ、そこに座ってください」


 尾幡に促され、俺たちはほんの目の前の椅子に座った。


 カウンター越しにあるテーブル上のまな板で、尾幡が魚を捌(さば)き出す。


 しっかりと手を添えて、包丁で丁寧に切っていく。 


 やはりプロなので上手い。


 この尾幡和生(かずお)も結構苦労してきた過去がある人間だ。


 俺は一年に一度か二度ぐらい尾幡と居酒屋で飲むのだが、そのたびにいつも苦労話ばかりが出る。


「今井さんも大変だな。奥さんと上手くいってなくて」


「うん。ここが人生で一番の踏ん張りどころかもな」


「毎日クタクタだろ?」


「ああ。疲労が抜けないからね」


 尾幡は俺に一番同情してくれる人間だ。

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