彼氏キケン地帯



家に帰ると、「あ。おかえり」と妹が言ったけど、あたしの耳にはなにも入らなかった。



「ちょっと、なにその顔…」


珍しく心配してくる。


なんだ、こいつにも姉を気遣うということができたのか。


そう思うと、急に笑えてきたはずなのに、視界は歪んで汚く見えた。



「ハハ。さおり、顔ぐちゃぐちゃ…」


「ぐちゃぐちゃなのは、お姉ちゃんだよ…どうしたの?」



妹に背中をさすられながら、あたしは過呼吸になる。



「もしかして…尚さんと喧嘩した?」



尚の名前を聞いた瞬間、なにか糸が切れたかのように体の力が抜けたかと思うと、あたしは声を上げて泣いた。



尚と喧嘩したのは初めてだった。


口は汚いことを言っても、尚はいつも優しいから喧嘩という喧嘩になったことはない。


あんな冷たい尚は、初めて見た。



電話しようかしないか迷ったけれど、結局その日は眠れなかった。



_
< 139 / 191 >

この作品をシェア

pagetop