甘い魔法―先生とあたしの恋―


最後の一段を上がって、お財布の中から鍵を取り出そうと視線を落とした時。

隣のドアが開いた。


「21時過ぎてんぞ。おまえ、いくら寮だからってあんま夜遊びすんなよ。

おまえに何かあったら俺が注意され……」


面倒くさそうな表情を浮かべて部屋から出てきた矢野が、あたしの様子を見るなり言葉を止めた。

そして、浮かべていた表情までもを変える。


「……どうしたんだよ」


自分ですらまだ受け止めきれていない事を、言葉にする事なんて不可能で。

それどころが、話すって行為すら出来そうもなかった。

そんな選択肢すら、今のあたしにはなかった。


矢野に聞かれた言葉が、耳を通り抜けてく。

沈黙の中で、あたしはただ俯いて床に視線を落としていた。


視線の先の床は、古すぎて変色していて……。

傷んだ木目が自分の気持ちと重なって見えてくる。


めくれあがってしまった部分は、もう、元には戻せなくて。

何もなかった事になんて出来なくて……。



全部が、事実で―――……。



じわっと、目に涙が浮かぶ。




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