甘い魔法―先生とあたしの恋―


「あ、矢野……」

「先生、だろ。市川。

……お取り込み中悪いけど、もう21時過ぎたしそろそろ帰ってもらえるか?

一応この寮、消灯時間が21時って決まってるし。……守ってねぇけど」


開けたドアに寄りかかりながら苦笑いを浮かべる矢野に、和馬があたしの肩を離す。

そして、カバンを持つとゆっくりと立ち上がった。


「……実姫、また後で話すから」


それだけ言うと、和馬が矢野の前を通り過ぎる。


「恐ぇよ。睨むな」

「……」

「気をつけて帰れよ」


矢野の言葉に、和馬は返事をしないで階段を下り始める。

その様子をぼーっと眺めていたあたしだったけど、階段の軋む音にはっとして、慌てて和馬の後を追い掛けた。


「和馬っ……本当に気をつけて帰ってね。

あと……言わなくてごめん」


階段の途中から言うと、和馬が振り返って笑顔を返す。

いつもと同じ笑顔にほっとして、手を振った。


和馬の後ろ姿が見えなくなるのを見届けてから階段を上がると、まだ矢野の姿があって。


「モテてるなー」


からかうように言う矢野に、少しむっとしながら返事をする。



< 122 / 455 >

この作品をシェア

pagetop