甘い魔法―先生とあたしの恋―
「あ、矢野……」
「先生、だろ。市川。
……お取り込み中悪いけど、もう21時過ぎたしそろそろ帰ってもらえるか?
一応この寮、消灯時間が21時って決まってるし。……守ってねぇけど」
開けたドアに寄りかかりながら苦笑いを浮かべる矢野に、和馬があたしの肩を離す。
そして、カバンを持つとゆっくりと立ち上がった。
「……実姫、また後で話すから」
それだけ言うと、和馬が矢野の前を通り過ぎる。
「恐ぇよ。睨むな」
「……」
「気をつけて帰れよ」
矢野の言葉に、和馬は返事をしないで階段を下り始める。
その様子をぼーっと眺めていたあたしだったけど、階段の軋む音にはっとして、慌てて和馬の後を追い掛けた。
「和馬っ……本当に気をつけて帰ってね。
あと……言わなくてごめん」
階段の途中から言うと、和馬が振り返って笑顔を返す。
いつもと同じ笑顔にほっとして、手を振った。
和馬の後ろ姿が見えなくなるのを見届けてから階段を上がると、まだ矢野の姿があって。
「モテてるなー」
からかうように言う矢野に、少しむっとしながら返事をする。