甘い魔法―先生とあたしの恋―
「そうだよね……」
俯きながら言うと、矢野がふっと笑って……あたしの頭に乗せたままだった教本を持ち上げて歩き出す。
矢野の後ろ姿に、切ない気持ちでいっぱいになった。
……そうだよ。
どう考えても、教師と生徒なんだから。
それ以上の関係なんて、あるはずない。
あるはず……、ないよ。
「先生っ」
矢野の後ろ姿を呼び止める。
『先生』
違和感が残る呼び方を選んだのは、矢野との約束を守ったからじゃない。
自分の立場を思い知るため。
矢野が教師だって事を、自分に言い聞かせるため。
淡い想いを……、
断ち切るため―――……
ゆっくりと振り返った矢野が、あたしを見る。
矢野と目が合った途端にドキドキし出す胸を抑えながら、小さく震える口を開く。
「あたし……啓太と別れた」
今までその事を言わなかったのは……
やっぱりどこかで矢野を想う自分に気付いていたからなのかもしれない。
『心配して、気にかけて欲しい』なんて、そんな淡い期待をしていたからなのかもしれない。
矢野に言ったのは……
全部の想いや期待を捨てたかったから。
全部全部……、なくしたかったから。
あたしの言葉に、矢野は驚いた顔をして……そして優しく笑った。