甘い魔法―先生とあたしの恋―
3..本当の気持ち
嘘の言葉
その日の夜、夕食に顔を出さなかった市川の部屋をノックした。
……ドアじゃなくて、クローゼットから。
身を乗り出さなくても届くクローゼットのドアを、少しだけちゅうちょしてから軽く2回叩く。
少しして、僅かに明かりを漏らすクローゼットのドアが、ゆっくりと開けられた。
その向こうから気まずそうな表情を浮かべた市川が顔を覗かせる。
その表情は、明らかに昼間のキスを意識しているようで……目を逸らしながら口を開く。
「ちょっと、座れ」
目の前に開いてあるパソコンの液晶画面を見つめながら、市川を促す。
俺の言う通りに椅子に腰を下ろした市川を、パソコン越しに盗み見た。
毎日見ている茶色い髪は、今日は肩より少し下で小さく跳ねていて……いつか寝癖だってからかった事を思い出す。
『直らないんだもんっ』
返って来た言葉は強いものだったのに、それからしばらく市川は髪の小さな跳ねを気にしてたっけ。
『そんな気にしなくても誰も気付かねぇって』
『だって矢野は気付いたじゃん。矢野が気付いたって事はみんな気付くでしょ』
『……』
あの時答えなかったのは、答えられなかったのは……多分、もう市川への気持ちに気付きかけてたから。
市川を見てたから。
生徒じゃなく、特別な感情で見てたから。
……だから、気付いたんだ。
いつも強がりばかり言う口は、今日はキュっと閉じられていた。
最初見た時は……はっきり言ってドライなイメージを持った。
俺を警戒してか、全然自分を見せようとしなかったし、親の事だとか全く口しなかったから。
でも……接していくうちに、そのイメージは変わっていった。