甘い魔法―先生とあたしの恋―
ブレーキ
【矢野SIDE】
『俺がこんな風に話したりとか、パン買ってきたりとか。
優しくするのは、おまえが生徒だからで……そこに、教師以上の感情はねぇから』
市川が走っていく後ろ姿を見つめる俺の頭に、さっきの言葉が流れる。
半分……、
ほとんど、自分に言ってるようなもんだった。
市川とろくに話さなくなって……話せなくなって、もう9日。
隣にいるのに、
傍にいるのに、ろくに話すら出来ない。
……触れられない。
そんな状況に耐えられなくて……、購買の前で見つけた市川の後ろ姿に声をかけた。
左手に揺れるパンの袋を見下ろして、小さな苦笑いを零す。
数学学習室の机の上には、今朝コンビニで買ってきた昼飯が置いてある。
このパンは……市川と話す為の、理由だった。
『ついでだし』
そうでも言わなければ、市川を期待させるかもしれないから。
そうでも言わなければ、俺のした行動は、許されないから。
『ついで』
その理由がなければ……、踏み出せないから。
だから、わざとその理由を作って話し掛けた。