甘い魔法―先生とあたしの恋―
※※※
「きゃあっ」
21時、隣の部屋から聞こえてきた市川の悲鳴と大きな物音。
数学の教本を広げながらテレビを見ていた俺は、慌てて立ち上がってクローゼットをノックした。
「市川? どうした?!」
しばらく待つと、ゆっくり開いたクローゼットから、市川がしかめた顔を覗かせた。
「……先生がくれた椅子、ガタガタしすぎ」
「は?」
市川の部屋は、玄関の薄暗い光が照らすだけで、部屋の電気はつけられていなかった。
暗い部屋に小さく眉を潜めると、市川がその理由を話し出す。
「昨日から蛍光灯がチカチカしてたから今日買ってきて……。
今交換しようとして椅子に乗ったらバランス崩して落ちた……」
蛍光灯片手に不満を漏らす市川に、苦笑いを零す。
「それ、俺のせいじゃねぇし」
「だって、この椅子すっごい不安定なんだもん」
「安物だからなー……。
蛍光灯、替えてやりたいけど部屋は入る訳にはいかねぇし……。
懐中電灯で照らしててやるからなんとか頑張れるか?」
「……頑張れるけど、懐中電灯なんか先生持ってるの?」
「ん? ああ、持ってる」
金属製のラックに引っ掛けてある懐中電灯をすぐに手に取ると、市川がそれを見て吹き出す。
「さすが神経質だね。普通1人暮らしで懐中電灯なんか持ってないよ?
持っててもそんなすぐ出てこないし」
「いや、非常用なんだからすぐ出てこないとまずいだろ。
あ、気をつけろよ?」
「大丈夫だよ」