甘い魔法―先生とあたしの恋―
【矢野SIDE】
食堂に下りて冷蔵庫を開けながら、階段に視線を向ける。
なかなか下りてこない市川を思いながら、小さく笑みを零した。
あのまま固まってるかと思うと、どうしても勝手に口許が緩む。
市川の素直な反応が可愛くて、もっとからかってやりたくなる。
怒らせて、不貞腐れた顔を見たくなる。
……でも。
昨日から消えない罪悪感が、それを止める。
『タオル取りに来ただけだし』
咄嗟に口をついた嘘。
本当は、それが理由じゃなかった。
寮に戻ったのは、市川が寮に向かって歩いて行くところを見かけたからで。
昨日の朝のしつこい着信が気になったからで。
市川がなんで寮に行くのか気になって……。
もしかしたら……、
もしかしたらあいつと会うんじゃないか、なんて気になって……それで後を追った。
『生徒のプライベートにまで関わると後で問題になりかねませんから。十分に注意してくださいね』
教頭が嫌になるくらいに言ってくる言葉が、ずっと頭ん中にあったのに。
……止められなかった。
……―――その瞬間、教師じゃなくなってた。
ただの男として、市川の後を追ってた。
心配で放っとけなくて。
それなのに……、
『救護係だから』
そんな言い訳をして。
隠そうとした気持ちなのに、中途半端に市川に見せて、困惑させて……。