甘い魔法―先生とあたしの恋―
じわりと浮かんできた涙に、口をきゅっと結んで服の袖でそれを隠す。
それでも静かに溢れ出てくる涙に突っ伏すと、矢野の打つキーボードの音だけが聞こえてきて……。
その音が不思議とあたしの気分を落ち着かせた。
直接、仕切り板に顔をつけると、ひんやりとして気持ちがいい。
「……明日晴れだって。よかったな」
きっと、あたしの涙に気付いているハズの矢野は、何も聞かずにそれだけ教えてくれた。
矢野の部屋から流れてくる甘い匂いが、今だけは少しだけ心地いい。
誰かがいるって気配が、少しだけ。
「なぁ、市川。こんな時悪いんだけど、そこ埃っぽいし顔荒れねぇ?」
「……」
……神経質男。
聞こえない振りをしながら、あたしは苦笑いを浮かべた。
……その後。
矢野に促されるまま、仕切り板の拭き掃除をした。
いや、させられた。
『俺も使うし、きれいにしとけよ。
つぅか、おまえはクローゼット開けなきゃいいだけの話だけど、俺なんか壁が抜けちゃってんだから1日中穴が開いたままなんだからな?
掃除くらいの協力は当然だろ』
……姑にいじめられるお嫁さんってきっとこんな気分なんだろうな。
そんな事を思いながら、矢野と一緒に濡れたタオルで仕切り板をピカピカになるまで拭いた。