甘い魔法―先生とあたしの恋―
「でも、実姫はそんな私に文句一つ言いませんでした。
それまでは……母親がいた頃は、よく突っかかってきてケンカもしたんですが……。
母親がいなくなったのをきっかけに、それもなくなって、それどころか何も言わないようになってしまって……。
このままじゃダメだと思いました。実姫が無理しているのは目に見えてましたし……」
「無理っていうと……?」
「学校の成績がいい例でした。70点平均とれればよかったのに、2年になった途端、90点を下回る教科はほとんどなくなりました。
あと、保健室を利用する機会が増えたと、一度学校から連絡がきた事がありました」
「保健室? ……頭痛ですか?」
「はい。……よく分かりましたね。頭痛や貧血で、月に何度も保健室に行ってたみたいです。
でも……一度も欠席はしませんでしたけど。
頭痛はいつから持っていたのかは分かりませんが、高校に入ってからは自分で薬を買って持ち歩くようになりました」
「……」
『うん……迷惑かけちゃダメだから』
いつか、市川が言っていた言葉が頭に浮かび、俺は膝の上に置いていた手をそれぞれ握り締める。
そんな思いを、中学の頃からずっと一人で抱えていたのかと思うと……ひどくいたたまれなくて、胸の奥が苦しくなった。
それを、唯一相談出来たのが……、田宮で。
だからこそ、あんな目に遭っても田宮の事を―――……。
「そんな中、実姫も高校に入って……私もこのままじゃダメだと思って、きちんと話をしようとしたんです。
母親の話も、これからも事も。
話している最中、実姫は涙を溜めた目で私を見ていました。
……何も言わずに、じっと。
なんでだか、その目に責められている気になってしまって……。
こんな事になったのは、全部お父さんのせいだって言われてるような気がして、堪らなくなって……。
一度も目を逸らす事なく私を見ている実姫に、全部を責められている気がして……それで、カっとなってしまって……」
コーヒーに落としていた視線を、少し上げて父親の表情を覗く。
つらそうに歪んだ表情に、眉間には小さくシワが寄っていた。