甘い魔法―先生とあたしの恋―
「……でも、すぐに後悔しました。
手をあげてしまった事がショックで……頭を冷やそうと少し外に出たんです。
1時間ほど歩いて家に戻ると、家の様子が変わっていて……。
青ざめて怯えた顔をした実姫がリビングにしゃがみこんでいて……」
俺の頭に、さっき父親が言っていた『泥棒』の言葉が浮かぶ。
そして、市川が以前言っていた事を思い出した。
『あたし、泥棒と鉢合わせた事あるんだよ。すごくない?
こんな体験してる人なんてあんまりいないよね』
そう言っていた市川の笑顔が、強がりだったんだと思うと……
青ざめて腰を抜かすほどの出来事を、そんな風に無理して笑ってたんだと思うと……どうしょうもなく、市川が愛しくなる。
「その時、今の状態じゃダメなんだと強く思いました。
それで、校長に無理を言って実姫を寮に移しました。
……少し距離を置いて、ちゃんと家族としての私と実姫の関係を取り戻そうと思って。
それに、何より、この家に実姫を1人にしておくのが心配で……。
でも……」
父親が、開いた膝の間で両手を組んでギュッと握りしめる。
それに気付いて顔を上げると、父親は伏し目がちに少し笑って……呆れたようにため息を漏らした。
「でも、私は変われていません。
父親として実姫に何をしてやればいいのか……。
実姫が何を望んでいるのか……まったく分かりません。
嫌われているのが分かるだけに、何も言えなくて……」
悲しげに微笑む父親に、俺は首を傾げる。