甘い魔法―先生とあたしの恋―


……後でいいや。

っていうか、やっぱり穴開いてると不便だし。

……自分で開けたんだけど。


また小さくため息が漏れた時、矢野が部屋を出る音がした。

あたしの部屋の前まで歩いて、階段を下り始める。


さっき帰ってきたばっかりなのに、また出かけるの?

……彼女がいっぱいいるのかな。

どうでもいいけど。


丁度いい矢野の外出に、クローゼットを開けてチェストに洋服を詰め込む。

クローゼットを開けただけで、ほのかに入り込んでくる矢野の香水の匂いに、また一つ面白くない気持ちになる。


別に男がつけてたって全然いいと思う。

いいと思うんだけど……。


さっき、啓太に会った時に気付いてしまった事に、あたしは表情を曇らせた。

いつの間にか知らない香りをさせていた啓太に、胸の奥が重くなる。


今頃映画観てるのかな……。

あたしの知らない女の子と。


熱を持ち始めた頬に気付いて、何かで冷やそうとタオルを探していた時、誰かが階段を上がってくる音が聞こえた。

……矢野? でもさっき出て行ったばっかりだし。

誰だろ……。

少しの不安にドアを見つめていると、足音は矢野の部屋の前で止まって、鍵が開く音がした。


なんだ、矢野か。

随分早い帰宅に首を捻っていると、ノックが聞こえてきて。

あたしはドアではなく、クローゼットに視線を移す。



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