甘い魔法―先生とあたしの恋―


購買のパンを持ったまま、中校舎に足を進める。

吉岡さんの言った言葉が頭から離れなくて……。

どうしても落ち着かなくて。


一目でいいから、先生を見たかった。

少しでも、先生の近くにいたかった。



教科別の学習室ばかりが集まる、中校舎3階は、いつもみたいに静まり返っていた。

足音を消していたつもりもなかったけど、力ないあたしの足音は、そんな静かな廊下にも聞こえないほどに小さかった。


考えなくちゃいけない事はたくさんあるのに……、頭がぼんやりとして働こうとしない。


ただ、壊れたみたいに、先生の事ばかりが頭に浮かんでいた。



数学学習室の前まで来て……

さすがに入る事はできずに立ち止まると、中から声が聞こえてきた。



『それにしても災難でしたね、矢野先生。教頭、どうにかならないものですかねー。

僕も苦手なんですよね……得意な人がいるのかは不明ですけど』

『でも、学習室があって助かってますよ。ずっとあの顔見てたんじゃ……どうにかなりそうですし』


聞こえてきた話題に、あたしは少しだけ開いているドアの隙間から中を覗き見る。


「……―――っ」


自分の席に座る先生の姿に、胸が静かに締め付けられる。


先生の顔を見ただけで苦しくなる。

それと同時に嬉しくなって、涙が出そうになる。


……啓太の時には湧いてこなかった気持ち。

きっと、幸せな恋愛を知ったからこそ、湧き上がってくる感情……。



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