甘い魔法―先生とあたしの恋―


「……だから、矢野先生が好きだってバラさないでって事ですか?」


吉岡さんの言葉に頷く事を、少し迷った。

それは、和馬の優しさが頭を過ぎるから。


……―――だけど。


「すごく勝手だって事はよく分かってる……。

でも……、先生に迷惑かけたくない……」


野球部のバッティングの金属音。

テニス部のラリーの音。

グランドから入り込んでくる音が、静かな教室に消えて行く。


握り締めた手を見つめて俯いているあたしに、吉岡さんが少し気まずそうに声を掛けた。


「……別に、先輩が片思いしてる事くらい、バレたって何でもないんじゃないですか?

あたし、言うつもりはありません。

……昼休みのは、勢いで言っちゃっただけで。

清水先輩を傷つけないでって言ったのも、半分以上八つ当たりです。

清水先輩が市川先輩を好きなのは……、中学の頃から気付いてました」

「え……」

「気付いてなかったのは、市川先輩くらいですよ、きっと。

でも……だから、市川先輩にその気がなくても、一緒にいたいって思う清水先輩の気持ちはよく分かって……。

だから、余計に悔しかったんです。

あたしが清水先輩を思うのと同じくらいに強く、清水先輩も市川先輩を想ってるんだって事が……、悔しくて溜まらなかった」

「……」


謝るのも違う気がして、何も言えずに吉岡さんを見ていた。

あたしが見つめる先で、吉岡さんは口許を緩ませて視線を返す。







< 335 / 455 >

この作品をシェア

pagetop