甘い魔法―先生とあたしの恋―
「……だから、矢野先生が好きだってバラさないでって事ですか?」
吉岡さんの言葉に頷く事を、少し迷った。
それは、和馬の優しさが頭を過ぎるから。
……―――だけど。
「すごく勝手だって事はよく分かってる……。
でも……、先生に迷惑かけたくない……」
野球部のバッティングの金属音。
テニス部のラリーの音。
グランドから入り込んでくる音が、静かな教室に消えて行く。
握り締めた手を見つめて俯いているあたしに、吉岡さんが少し気まずそうに声を掛けた。
「……別に、先輩が片思いしてる事くらい、バレたって何でもないんじゃないですか?
あたし、言うつもりはありません。
……昼休みのは、勢いで言っちゃっただけで。
清水先輩を傷つけないでって言ったのも、半分以上八つ当たりです。
清水先輩が市川先輩を好きなのは……、中学の頃から気付いてました」
「え……」
「気付いてなかったのは、市川先輩くらいですよ、きっと。
でも……だから、市川先輩にその気がなくても、一緒にいたいって思う清水先輩の気持ちはよく分かって……。
だから、余計に悔しかったんです。
あたしが清水先輩を思うのと同じくらいに強く、清水先輩も市川先輩を想ってるんだって事が……、悔しくて溜まらなかった」
「……」
謝るのも違う気がして、何も言えずに吉岡さんを見ていた。
あたしが見つめる先で、吉岡さんは口許を緩ませて視線を返す。