甘い魔法―先生とあたしの恋―
「別に……食欲なかっただけ」
「へぇ」
「っ、本当だも……」
「目、腫れてる」
山盛りのご飯を口に運びながら言った矢野に、あたしは背中を向ける。
「……昨日ドラマ見ててボロ泣きしちゃって」
「おまえの部屋テレビないのに? 下手な嘘つくな」
矢野の言葉に、胸がぎゅっと苦しくなった。
追求してくるような矢野の視線を背中に感じて……唇を噛み締める。
じゃあ……じゃあ、何て言えばいいの?
彼氏の浮気現場を目撃したんですって……?
言える訳ないじゃん……そんな事。
まだ、自分で受け入れる事に精一杯なんだから……。
背中を向けたまま手を握り締めたあたしに、矢野が言葉を続ける。
「別に問いただしてる訳じゃねぇよ。
……こないだの頬の事もあったし、ちょっと気になっただけ」
静かな食堂に、矢野が食事を進める音だけが響く。
カチャカチャという音が、静かにあたしの耳に届いた。
矢野って……矢野の雰囲気って、なんか不思議だ。
突き放す訳でもなければ、自分から馴れ合う訳でもない。
からかうような事は言っても、あたしの触れて欲しくない場所には踏み入ってこない。