甘い魔法―先生とあたしの恋―
間違ってるのは、俺。
1人の生徒の家庭事情を聞き出そうなんて、興味を持つなんておかしい。
だけど……頬の腫れだとか、泣き跡だとか。
市川の時折見せる感情が、なんでだか気になって仕方なかった。
俺の視線の先で、市川は少しだけ微笑みを浮かべて……そして、ゆっくりと話し出した。
「うちのお父さんってね、市会議員なんだ。忙しい仕事だからか、あまり家にいる事がなかった。
父親参観とか運動会とか、そういう時はいつもお母さんが代わりに来て、お父さんの代わりに頑張ってくれて……。
だけど、小さい頃のあたしは、それが嫌だった。
お父さんがなんでいつもいないのか、仕事だって言われても理解なんか出来なかった」
市川の視線は、手元のゼリーに落とされたままだった。
銀色のパッケージに、昔の光景でも映しているように、一点を見つめたまま話を続ける。
「お母さんに何度も聞いたんだ。
『なんでうちのお父さんだけいつもいないの?!』って。
でも聞く度にお母さんは寂しそうに微笑んで……『お父さんはお母さんや実姫のためにお仕事頑張ってるんだから……だから我慢しようね』って。
何度か繰り返すうちに、お母さんの悲しそうな顔に気付いて……いつの間にかもうお父さんの事は聞かなくなったけど。
別にお母さんを傷つけないようにとか、そんな事を思った訳じゃないけど、お母さんがいるんだからいっか……って。
納得するっていうか……慣れた感じかな。
お母さんは優しかったし、あたしを大事にしてくれてる事も分かってたから……
でも……」
市川の表情が、一気に曇る。