甘い魔法―先生とあたしの恋―
そして、唇をきゅっと一度噛み締めてから口を開いた。
「2年くらい前……学校から帰ったら置き手紙があって。
……『少し家をあけます』って一言だけ。
お父さんに電話して聞いたら、お母さんは実家に帰ってるんだって言われて……でも、何日待っても、1か月待っても、帰ってこなくて……。
会いに行こうと思った。きっとお父さんに愛想つかしたんだって思ってたから。
……だけど……」
「……だけど?」
「……だけど、少しだけ……本当に少しだけ、もしかしたらあたしの事が嫌いになったんじゃないかって思って……。
あたしと2人の生活が、嫌になったんじゃないかって。
そんな不安がどんどん大きくなって……会いに行くどころか、電話をかけるのも怖くなった。
お母さんは……、お父さんじゃなくて、あたしから離れたかったんじゃないかって……怖くなった……」
痛いくらい伝わってくる市川の気持ちが、俺の胸を軋ませる。
……―――その日。
市川は、途切れ途切れになりながらも言葉を繋いで、話してくれた。
途中、何度も涙を零しそうになる市川に気付きながら……俺はパソコンの画面を見て、気付かない振りをした。
何も映し出していない、真っ黒の液晶画面。
その向こうにいる市川が、やけに小さく見えて……ギシギシと音を立てる胸が、痛い。