甘い魔法―先生とあたしの恋―
お父さん1人なのに、部屋は結構片付いていて、なんだか不思議な感じがした。
……まぁ、汚すほど家にもいないだけだろうけど。
あたしが出て行った時とこれっぽっちも変わっていない部屋に、なんとなく違和感を感じながら、あたしは部屋の中をぐるっと見渡してみる。
テーブルの上に置いてあるリモコンに目が止まって……あたしの思考を過去へと誘った。
まだお母さんがいた頃、お父さんとリモコンの置き位置でケンカした事があった。
テレビの横に置きたいお父さんと、テーブルに置いときたいあたしでつまらないケンカをした。
……その頃はお父さんも今よりは家にいたし。
懐かしい思い出から頭を切り離そうと無理に視線を上げると、窓際の写真立てが視界に飛び込んできた。
写真立ての中で笑うのはお母さん。
お母さんが出て行った寂しさを紛らわせたくてあたしが飾ったんだけど。
……でも余計に寂しいだけだな。
ちゃんと生きてるのに……変なの。
だけど、一度飾ってしまうとそれを止めるのも少し抵抗があって。
文句を言わないお父さんを不思議に思いながらも、ずっと飾りっぱなしになっていた。
自分の部屋に入ると、予想とは違う空気が流れていて、あたしはまた小さな違和感を覚える。
1ヵ月もドアを閉めっきりにしていた部屋には、絶対にこもった空気が流れてるハズなのに。
なぜだか、澄んだ空気があたしを迎えてくれて。
……隙間風でも入るのかな。
そんな事を思いながら、チェストの中から夏服を取り出して鞄に詰めた。
適当に詰め込んだ鞄の形を整えてから、立ち上がって部屋の中を軽く見渡す。