甘い魔法―先生とあたしの恋―
矢野の授業
【実姫SIDE】
「……よう」
翌日の朝食堂に下りると、珍しく矢野の姿があった。
大抵遅刻ギリギリに起きてくる矢野が、あたしより先に食堂にいるなんて……珍事に、あたしは少し戸惑いながら表情を歪めた。
「……早いね」
「ああ、昨日うっかり21時に寝ちゃったからな。
5時に風呂入ったらすっかり目が覚めて、二度寝どころじゃなくなってさ」
矢野の返事を聞きながら冷蔵庫を開けて……。
中から出てきた冷気に、何も取り出さずにまた閉める。
腹痛は昨日からまだ続いていて、冷たいものを飲む気分でもなかった。
冷蔵庫の隣にある棚からティーパックを取り出して、テーブルの端に置いてあるポットのお湯をマグカップに注ぐ。
毎朝中村さんが用意してくれるポットから注がれるお湯から、白い湯気が上がって透明なお湯がほのかに茶色く染まっていく。
「あ、市川、俺も」
「……なんで? 自分でやってよ」
「いいじゃん。ついでだろ」
笑みを向ける矢野に少し口を尖らせながら、あたしは棚から矢野のマグカップを取り出す。
「どうぞ。矢野先生」
丁度いい色にお湯が色づいたところでマグカップを差し出す。
……小さなイヤミを加えて。
でも、矢野はそんなあたしに笑って……スーツのポケットから取り出したものをあたしに渡す。
「……何?」
「生理痛の痛み止め?」
「……万能薬?」
笑いながら言う矢野に、あたしも同じように笑みを零す。
手のひらには、こないだと同じピンク色の飴が転がっていた。