甘い魔法―先生とあたしの恋―
あたしの言葉に、矢野は何かを言いたそうに顔を上げて。
でも何も言わずにテーブルの上に置いてあった眼鏡を手にした。
寮では眼鏡を掛けないのに、学校ではいっつも眼鏡を掛けてる矢野。
その理由が気になったけど……でも聞かなかった。
今、会話を続けたら、啓太の事を言われそうな気がして。
さっき、矢野が呑み込んだ言葉は、きっと啓太の事だって分かってるから。
甘く優しい紅茶の香りが、食堂を包み込んでいた。
※※※
月曜日の5時間目と木曜日の4時間目は、矢野の数学の授業だった。
完全に友達扱いされている、よく言えば親しみを持たれてる矢野の授業はあまり授業にならない。
生徒が、教師としては珍しいタイプの矢野と話したがって。
そんな状態に矢野が提案した事は、授業終了前5分間の雑談タイム。
それまで、授業をきちんと受けるのが条件。
普通なら意味を持たないような約束は、毎時間きちんと守られていた。
なんとなく、人を惹きつける魅力が矢野にはある。……と思う。
じゃなきゃおかしいもん。
こんなに生徒に好かれたりするのって。
若いからか、多分みんなお兄ちゃん感覚なんだと思うけど。
でも、生徒と親しいせいで、頭の固い先生達の間ではあまりよく思われていないみたいだった。
――ぐぅ~。
「……誰だよ、腹鳴らしてんのは」
教室中に響き渡るほどの大きなお腹の音に、黒板に向かっていた矢野が振り向いた。
濃いグレーのスーツに、紺色のネクタイ。
最近になってようやくスーツ姿の矢野に慣れてきた。