甘い魔法―先生とあたしの恋―
「24。つぅか、俺もう職員室戻るからどけ」
呆れた様子で笑みを零す矢野に、生徒からブーイングが飛ぶ。
そんな状況に苦笑いを浮かべて、矢野が教室を後にした。
「ね、実姫。今日は購買にしない?」
「あ、うん。いいよ」
あたしの席の前にお財布を持って立った諒子に、あたしも鞄の中からお財布を取り出す。
お弁当を持参する生徒と、学食か購買で済ます生徒の割合はちょうど半分くらい。
諒子も朝から自分のお弁当を作る気分にはならないって、いつもあたしと一緒に学校で済ませている。
お財布を持って椅子から立ち上がった時、ポケットの中に入ってる飴に気付いた。
今朝矢野からもらった事を思い出して、あたしはその飴を口に入れる。
『痛み止め』
そんな効果がある訳ないけど、空いたお腹を誤魔化すには丁度いい。
教室を出ると、あたしの視界に、数人の生徒と歩く矢野の姿が飛び込んできた。
お昼休みの騒がしい廊下に、矢野の長身が目立ってて嫌でも目を引く。
っていうか、まだいたんだ。
「じゃあ何で数学の先生になったの?」
生徒の質問はまだ続いてるみたいで、呆れて小さなため息を漏らす。
「数学って答えがはっきり出るし、誰から見ても明確で平等でいいだろ」
そう答えた矢野の横顔はどこか楽しそうで、生き生きしてて。
さっきまでの面倒くさそうな顔は姿を消していた。
あんな顔をする矢野を見たのは初めての気がして……なんとなく、その横顔から目が離せなかった。
ぼーっと眺めているあたしの口内を、溶けだした飴が甘く染めだす。
「甘……」
矢野の後姿を見ながら、そんな文句を呟いた。