私、海が見たい
車が、赤信号で止まる。
中村が、しみじみと、
「そうかぁ………。
もう、あれから
20年以上にもなるんだよなあ。
遠い、むかしむかしの、話だよね」
「でも、いい想い出に
なっているんでしょう?
うらやましいなあ」
「誰が?」
「おじさんも、お母さんも」
「うーん。
今となっては………、
いい想い出………だよ…な。
俺はただ、
流れに身を任せていただけだからねぇ。
恵ちゃんのように、闘ってはいないから、
何も言う資格はないんだけどね。
でも、恵ちゃんのこと、
忘れたことはないよ。
俺の中では、
神戸と、バスケットと、恵ちゃんは、
強烈に結びついているからね。
この三つは、青春時代の誇りなんだ。
君も、バスケットを見たら、
俺のこと思い出してくれよ、なっ」
綾は、笑顔で答える。
「ええ、おじさんのこと、忘れないわ」
中村は綾を見て、いたずらっぽく
「あーあ……
最後まで、“おじさん”だもんなぁ」
「あっ、ごめんなさい。でも………」
「ハハハ。いや、いいんだ。
その時 “お・じ・さ・ん”
が言ったこと、思い出してくれればね。
君もこの先、
いろんな人と出会うと思うけど、
お母さんのように、歳取った時、
誰かの心に残っているような、
そんな恋をしろよ」
「ええ、そうね。私、がんばる」
綾、両手の大きなガッツ・ポーズ。
二人の笑い声の中、
車は海岸線を、帰路についた。