ピアノ
「何ボーッとつったってるん?
も~探したわぁ」

中川君が後ろに立っていた。

「あ…私ね…ずっと病院で過ごしてきたの…辛い治療も頑張って…いつか元気になったらまた世界中からオファーの来る天才ピアニストに戻れると思って…」

「え?」

「でも…ちっとも良くなんてならなかった…」

「奈々…」

「やっぱり…
気付いてたんやね?」

「看護婦さんの話聞いたとき…もしかしたらって思ったんや。
でも君に言えば君がおらんようになるんやないかって…」

中川君は私を力一杯抱き締めた。

「私を…好きやって言うてくれてありがとう…愛を知らん私に愛を教えてくれて、ありがとう」

君はそう言って微笑んだ。
僕の腕からすり抜け、まっすぐピアノに向かう。
弾き始めた曲は知らん曲やったけど…
春風みたいな曲で…
君みたいで、

ポタッ

鍵盤に君の涙が落ちた。
次の瞬間、君の姿はなかった。

「奈々ッ…」

鍵盤は濡れていた。
奈々という人は確かに存在した…
これは事実。
僕は奈々を心から愛していた…
これも事実。
その涙が証明してくれているようだった。

時が経って、
命めぐって…
また君に巡り会いたい。

END
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