風魔の如く~紅月の夜に~
「やあああー!」

 晶は、覚悟を決めて体制を低くしながら、相手の懐に真っ直ぐ向かっていく。
 標的が低くなったため、狼の四つの頭の内、三つは届かない。たった一つになった頭は、晶を止めるにはあまりに動きが遅く荷が重かった。すんなりと晶は攻撃をかわし、懐に入る。

「ガルバーム!足でなぎ払え!」

 敵が命令すると同時に狼の足が振り上げられる。
 しかし、足が振り落とされるよりも一瞬早く、晶の攻撃が決まった。
 葉菊のスラリとした刀身が狼の右足を抉る。ブツリッという嫌な音と共に血が噴出す。

『ガオオオ!』
「やった!」

 晶が喜んだ次の瞬間である。狼の足が晶を弾き飛ばす。まだ、致命傷ではなかったのだ。

 晶の身体は硬いアスファルトの地面に打ち付けられて動けない。静かな夜道に獣の叫びが響き渡る。

「この雑魚が!よくも僕のガルバームに傷を・・・ガルバーム!こいつを頭ごと喰らえ!」

 敵が狼に命令したその時である。

 ドスンッ!

 突如、狼の身体が前のめりに倒れこむ。敵の身体は振り落とされ、晶と同じように地面に打ち付けられた。

「ど、どうしたガルバーム!?」

 敵が狼に近付くと、狼の身体の異変が露わになった。

「こ、これは!」
「どうしたんだ!?」

 狼の身体は、先程斬られた傷を中心にして腐り始めていた。辺りに異常な臭気が漂う。

 腐食は酷く、止まらずに狼の身体をたちまちに侵食して行き、最後には、骨しか残さなかった。あとに残されたのは、狼に乗っていた敵だけである。しかし、晶は先程のダメージでまだ動けなかった。敵は、晶とミキを交互に見ると言った。

「今日は身を引いてやる。しかし、この借りは必ず、お前達の命で償わせてやる!」
 それだけ言うと、敵の姿は夜の闇の中へと消え去った。
 後には、動けないミキと、晶が残された。
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