風魔の如く~紅月の夜に~
その頃、晶は杏子と話していた。いや、正確には杏子の質問の嵐にさらされていた。
「・・・だから、小屋には何も無かったんだよ!」
「そんな訳無いでしょ!今日、朝来たら小屋がバラバラになっていたんだから!」
こんな会話が晶がクラスに入ってから延々と続いている。前にも記したが、杏子は信じるまで話しを止めない・・・そして、それと同じくらいに白黒つくまで話を止めないのだ。
この事から、クラスの男子からは機関銃とも裏で呼ばれている。当然の事ながら、そんな奴を相手にしている晶は、もう沈没寸前である。急遽そんな晶に、助け舟が出た。
クラスで口の上手さを言ったら天下一品・・・とまではいかないが、晶の親友で口が上手い山崎淳である。
「まあまあ、二人とも落ち着いて~」
「うるさいわね~。淳には関係ないでしょ!」
「いやはや、これは手厳しいお言葉。折角、二人のために言ってあげてるのに」
「どういう事?」
杏子が話しに乗ってくると、淳はクラスに張ってある授業の時間割表を指差した。
「今日の一時間目、蛇王じゃん。」
晶と杏子は同時に青くなった。二人が、そこまで恐れる『蛇王』、それは一応、先生である。
本名を山田哲夫と言い、生活指導を担当している社会の先生だ。
彼の恐ろしい所は、忘れ物をしたり、騒いでいても特にその場では怒らない所にある。
その場では、いかにも優しそうに笑っているが、通知表では優しくはない。
一回の授業妨害で評価を1にしたりするという、陰湿かつ、恐ろしい特徴を持つ。
それは、生活指導でも現れていて、本人には注意せず、親に注意したりすると、生徒の中で噂になっていたりもする。
その行動は、まるで物陰に隠れて獲物を仕留める蛇のよう・・・この事から、生徒の間では『蛇王』もしくは『蛇の山田』と呼ばれ、恐れられているのだ。
当然、晶も杏子も、知らないはずはなく、急いで一時間目の用意を始める。
二人とも、用意が終わる頃には、先程のやり取りは頭から消えていた。