風魔の如く~紅月の夜に~
カリカリ…
薄暗い部屋に乾いた音が響く。部屋は、明るい雰囲気の物で溢れているが、今はどれも息を潜めている。まるで、見つかる事を恐れているように…
そんな部屋に、カリカリとした乾いた音と、鉛筆を動かす少女は妙に馴染んでいた。
「ふう~…」
少女は、先程までしきりに動かしていた手を休め、書いていた物をカバンの中へとしまった。その一動作の度、栗色の綺麗な髪はまるで、流れる川のように左右に揺れる。
時刻は夜の八時五十分、昨日、アイツが言った時間まで後十分である。
少女は閉めていたカーテンを少し開けてみる。両親に起きている事を気付かれないため、部屋の電気は消し、代わりに懐中電灯を明かりにしていた。
両親には気付かれてはならないのだ。何故なら今夜、自分は滝沢ルリではなく、闇使いの『闇夜の黒薔薇』となるのだから…
もし、両親に気付かれれば自宅から出るのは難しくなる。それに、何よりも行く前に両親の顔を見ると、迷いが生じてしまいそうなのだ。
「今夜の月は綺麗…まるで、血を欲しているようね」
ルリが…いや、黒薔薇がそう言うと同時に、耳が痛くなるほどの高音が響いた。
しかし、聞こえたのは黒薔薇だけであった。アイツの特別な合図である。
黒薔薇は、闇夜に飛び出していった。
『今宵は、血を求める狼が溢れる夜。狼を狩る狩人も、狼に恐れを抱く哀れな人間たちも、今宵は年に数回、狼達が狩りに興じる夜。狩人は逆に狩られて血肉をさらし、哀れな人間達は、「次は自分の番なのか…?」と隣の者に恐れに足を震わせて問う。狩人よ逃げるが良い、逃げれば狩りは楽しくなる。哀れな人間達よ、恐れの叫びをあげるが良い。叫びは狼を酔わせる。さあ、今宵の宴、黒薔薇が始まりの鐘を鳴らす。宴を祝い、踊れよ踊れ。私の可愛い人形達よ…』