追憶のマリア
 手加減を知らないゴールドヘッドの一撃は、男の鼻を砕き、男は血だらけになった自分の顔を覆ってその場に崩れ、苦しそうに顔を歪めて呻き声を漏らした。


 部屋の隅では、母を殺すように言いつかった若い男が、母のこめかみに銃口を当て、今正にその引金を引こうとしていた。


「お願い…助けて…息子がいるの。父親は死んで…あの子には私しかいないのよ…お願い…。」


 母は無駄と知りつつも、その男の足元に縋り付くようにして、必死に命乞いをする。


 ゴールドヘッドはその声に振り向くと、


「バカかてめぇ!血が飛び散るだろーがっ!!裏行ってやって来い!」


 と、ものすごい剣幕で怒鳴りつけた。


 男はバツが悪そうに銃口を下ろすと、母を乱暴に、引きずるようにしてアパートの玄関へと向かった。


 その時ゴールドヘッドと同じくらいの年頃、30前後と見られる男が、


「待てよ。その女とやらせろ。後は俺が片付ける。」


 そう言って若い男から母をさらった。


「けど…」


 若い男が困惑した面持ちでゴールドヘッドを見た。


 ゴールドヘッドは『ケッ』と失笑を漏らし、


「何だよオマエ…若い女に手ぇ出さねぇと思ったら、年増が好みかよ。好きにしろ。」


 とどうでも良さそうに言い放った。


 そして顔を両手で覆い、床の上に背を丸めて伏せている男の傍らに片膝を落とすと、その頭頂部の髪を乱暴に鷲づかみ、クイと上を向かせた。


 男は恐怖と痛みでヒクヒクしながら、目から雫をこぼし、その透明な液体は血と混じって赤く滲んだ。


「なぁ、ツヨシ…。このバカの尻拭いはオマエがしてやるんだろ?でなきゃコイツの体にイッパイ風穴できちゃうよん。」


 ゴールドヘッドはそう言うと、狂ったように笑い出だした。


「わかってる。」


 『ツヨシ』と呼ばれた男は、ゴールドヘッドを見ずに答えると、何とかして逃れようと全力で暴れる母を、腰に左腕を巻きつけるようにして、いとも軽々と抱き上げ、颯爽と奥の部屋へ消えた。


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