追憶のマリア
 ツヨシは、奥の部屋へ入るなり、母をまるで叩きつけるかのように、ベッド上に乱暴に放った。


 そしてすぐさま自分もベッドに飛び乗り、暴れる母の下半身を両膝で挟むようにして固定し、と同時に母の両手首を掴むと、顔の両サイドに押さえつけた。


 ベッド上に貼り付けにされ、動きを完全に封じられると、母はたちまちすべてを諦めたように大人しくなり、


「殺して…」


 と、弱々しく訴えた。


 顔はツヨシを避けるように目一杯横倒し、その瞳から溢れ出した雫がシーツを湿らせる。


 ツヨシはしばらく動きを止め、そんな母を観察するように、静かに眺めていた。


 そして、横を向いている母の顎を片手で掴むと、強引に自分の方を向かせる。


 それでも母は、目だけは彼を見まいと必死で抵抗した。


「息子がいるんだろ?息子があんたのこと待ってんだろ?息子のために、自分から身体売ってでも生き延びろ。」


 ツヨシは母を見下ろしながらそう囁くと、軽やかに母から離れてベッドを降り立ち、まるで吹き抜ける風のように颯爽と部屋を出て行った。


 ただ一人残された母は、寝返ってうずくまり、静かに涙を流した。


 そうして、ツヨシの残した言葉の意味に想いを巡らす。






『息子のために…生きろ…』??





 男は確かにそう言った。


 恐怖で顔を直視できなかった為、その時の男の表情はわからない。


 『どうせ私…ここで死ぬのに…。あいつ…バカじゃないの??』


 ほんの一瞬、母に乱暴に接するも、結局何もせずに風のように去って行ったツヨシが、母の恐怖心をも奪って行ったのだろうか。


 母の恐怖は何故か薄れ、今度はやり切れない悲しみが母を襲う。


 そして、すでに母は、半ば投げ遣りな気持ちになっていた。


 『海司…会いたいよ…。』


 母はもうすぐ会えるだろう父を想って泣いた。


 昨夜から一睡もしていない母は、そうして、いつしか深い眠りに落ちていた。






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