追憶のマリア
 ツヨシは、ズボンの前ファスナーを上げる素振りをしながら部屋を出る。


 ゴールドヘッドはニヤついて、


「早いな。」


 と茶化した。


 ツヨシはニコリともせず、


「溜まってたからな。」


 と答えた。


 ゴールドヘッドは可笑しそうに笑うと、瞬時に真顔になり、アパートを出ようとしているツヨシに、


「しくじるなよ。」


 と低い声で囁くように言った。


 その囁きは、もししくじったなら、ツヨシに明日はないことを意味していた。


 ツヨシは、そんな死刑宣告にも全く動じず、ゴールドヘッドを冷ややかに一瞥し、そのまま何も言わずアパートを出て行った。









「なぁ、藤堂さん。俺達が交わした契約は、“ビジネス”だろ?“ビジネス”は信用第一だ。違うか?」


 ツヨシが諭すような口調で言う。


 イタリア製の見るからに高級そうな家具で埋め尽くされた、藤堂の事務所。


 その部屋の中央にあるソファーに腰をゆったりと沈め、ツヨシはその贅沢な感触を楽しむかのように、すっかりくつろいでいた。


 部屋には数人の藤堂のボディーガードの遺体が、まるで物か何かのように転がっている。


 藤堂は、自分の椅子に縛り付けられ身動きとれない状態で、怯えた目でツヨシを見ていた。

「金はきっちり払うつもりだったさ。信じてくれ。ただ…下手に動いて足がついたら、それこそ全部おしまいだろ?だから様子をうかがってたんだ。本当だ。」


 藤堂のすがりつくような命乞いに、ツヨシはうんざりした。


 ツヨシはソファーからゆっくり自分の身体を持ち上げると、藤堂に銃口を向けた。


「金ならいくらでも払う、アイツにいくら貰ってんだ?倍払うよ。な、だから…」


 ツヨシは表情一つ変えずに静かに言った。


「言ったろ?“ビジネス”は信用第一だって…。」





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