追憶のマリア
 母はふと、ゴールドヘッドの言葉を思い出した。




『まずは、あんたの車で“俺んち”まで送ってくれる?』




“俺んち”…!?


「ここは…あのヒトのうちじゃ…ない?!」


 問いかけというより、独り言のように呟いた。


「ここは俺んちだ。ヤツラは昨日、たまたまココに集まってただけだ。」


 母の疑問に律儀に答えるツヨシを、母は不思議に思った。


「大人しくしてれば傷つけたりしない。だから安心して寝てろ。」

 
 感情のない声…心のない言葉…




 この状況で『安心して寝てろ』など、とんでもなく無茶な要求だ。


 母は納得いかなかったが、ツヨシの有無を言わせない威圧感に負け、仕方なく再び布団に潜り込んだ。


 ツヨシはそれを見届けると、静かに部屋の扉を閉めた。






 翌日、朝早く、扉を隔てた向こう側から、せかせかと人が動く気配を母は感じた。


 母は脱出を決意しており、ツヨシが出かけるのをじっと待っていた。


 あんな正体不明の男の、『安心しろ』などという言葉は、母にとって何の慰めにもならなかった。


 こんなところで、何もせずに殺されるのを待つなど、気丈な母には耐えられない。


 リビングからはテレビの音が漏れ聞こえ、もしかしたら今日、男は出掛けないのではないかと、ふと不安になる。


 だが、歯をみがいたりしているのだろうか、水の流れる音がしばらく聞こえ、やがてテレビの音と共に、ツヨシの気配も消えた。








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