追憶のマリア
母『成瀬 海晴(ミハル)』は高校三年生の夏
恋をした。
クラスメートの『田所 海司(カイジ)』
女っ気など皆無の、野球部主将。
部員からは尋常ではないほど恐れられ、けれどもその偉大とも言うべき統率力と、広大な心を持ち合わせている彼は、部内では、後輩だけでなく同じ三年生の仲間からも慕われ、そして羨望の的であり、母には誰よりも輝いて見えた。
その野生的容姿は、口が裂けても美形とは言えないが、その表情、仕草は男らしく、自信に満ち溢れ、とても魅力的だった。
母の親友の優華は、放課後の掃除当番が田所とペアだった。
いつも優華一人に当番をさせて、一言も詫びを入れず自分はグラウンドへと直行する田所に、関係ない母がいつも腹を立てていた。
「今日こそ言ってやる。」
田所の代わりに当番の教室掃除を手伝っていた母が、突然弾かれたように教室を飛び出した。
広いグラウンドを斜めに駆け抜け、ユニフォーム姿の田所の元へ向かった。
母が田所を責め立てると、部員達は恐怖に息を呑む。