追憶のマリア
　母の身体に少しだけかけられた窪田の重みを、母はとても愛しく感じ、そんな窪田の背に両手を回して窪田を包み込むように抱きしめた。


「このまま死ねたらいいのに…」


　顔を埋めたまま窪田が言った。


　それは窪田が10年ぶりに発した本音だった。


　窪田の生活は、嘘にまみれた毎日で、そこに真実など１つもなかった。


　そんな中『このまま母の中で自分の一生を終えたい』という窪田の願望は、唯一の真実だった。


「私はあなたのおかげで生きたいと思えたのに…あなたに救われたのに…どうしてあなたはそんなこと…」


　密着した窪田の身体から、窪田の無限の悲しみが伝わってきて、母は胸をギュッと締め付けられた。


　窪田はようやく母の中から出て、ゴロンと母の隣に仰向けに寝転がった。


「辛いんだ、生きてるのが…とても…」


　窪田は両手を自分の頭の下に敷き、天井を見詰めた。


　母は少し身を起こしてそんな窪田を見詰めて尋ねた。


「あなたはいつから…自分のために生きるのを、やめてしまったの？」


　窪田が顔を母に向けた。


　その右目から静かに涙が１粒頬を伝った。


　母は少し驚いて、


「泣いてるの？」


　とさらに質問を重ねた。


　母の問いかけで、ようやく窪田は自分の涙に気付き、ハッとして起き上がった。


　そして、


「目、痛い」


　と言って涙を拭い、寝室を出て行った。





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