追憶のマリア
 だが、田所は特に腹を立てることもなく、


「悪ぃ、お前代わって。」


 と、海晴に爽やかな笑顔で返した。


 その瞬間、母の身体を一本の電撃が走った。


 高鳴る心臓を右手で落ち着かせようと抑えるも、言うことを聞いてくれない。


 怒っていたはずなのに、全身の力が抜けてしまい、立っているのがやっとだった。


 自分の身体に何が起こっているかもわからず、ただ、顔を真っ赤に染めて田所を見詰めた。


 それを、まだ怒りさめやらぬのだと勘違いした田所は、


「帰りにたこ焼き奢るから。お前の顔、たこ焼きみてぇ。」


 そう言って、無遠慮に笑った。


 田所の威圧感には、誰も逆らえない。


 いや、威圧感などなかった、皆、あの笑顔に逆らえないだけなのだ。


 母は、ブツブツ文句を言いながらも、言われる通り、田所の部活が終わるのを待っていた。






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