追憶のマリア
「俺が何者か?」


 俺は鼻で笑った。


「俺は何者でもねぇーよ。」


 そう吐き捨てて、瞬く間に部屋を出た。


 『俺は…お前らみたいなゴミを始末するための道具だよ。人間の姿をした武器なんだよ。』


 俺は心の中で答えた。





 10年前、京子を殺めたあの日、俺は人間の心を捨てた。


 すべてを失ったあの日から、ただの殺人兵器となった。


 今の俺は国の極秘任務を遂行するためだけに生かされてる。


 俺は新しい任務に就くたびに、『今度こそ死ねますように』と願う。


 だけど、天性の自己防衛本能が邪魔をして、それを許さない。


 目的もなく生きるのは、死よりも辛い拷問だった。


 国から与えられる任務なんか、目的にはならない。


 俺にとって、それは単なる作業項目に過ぎなかった。







 藤堂の部屋を出ると、秘書がさっきと全く同じ格好でそこにいた。


 逃げようと思えば逃げられたのに…


 通報することだって可能だったのに…


 どうやら腰が抜けてしまったらしい。


 顔面蒼白でガタガタ震える女を尻目に、俺はエレベーター横の『非常階段』と書かれた重い扉を押した。






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