追憶のマリア
 ラブストーリーなど田所には全くもって不似合いだ。


 それでも母が『これが見たい』と言い張ったので、田所はしぶしぶ付き合った。


 館内では、ポップコーンを左手に持ち、そのカップと田所の口を行ったり来たりする、大きく逞しい右手に見惚れて、母は映画の内容などほとんど上の空。


 どうしてもその手に触れてみたくなった。


 その右手が肘掛に置かれた瞬間、母はその手に自分の左手をそっと重ねた。


 無意識にとった自分の行動に、母は酷く驚いたが、それ以上に田所が尋常でないほどの動揺を見せた。


 母の手の下から自分の手を咄嗟に引き抜くと、


「何だよ!?」


 と訳が分からず少しきつい口調で母に尋ねる。


 とんでもない事をしてしでかしたという後悔と、田所に激しく拒否された悲しみとで、母の目からはポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。


 田所は、ようやく母の気持ちに気付き、その右手を肘掛に戻し、母の左手を、指を絡めるようにして握った。



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