追憶のマリア
 空いている右手で涙を拭う母に、


「泣くとこじゃねーし。」


 と、田所はその涙の真の訳を知っていて、とぼける。


 涙をこぼしながら、それでも笑おうとする母に、


「どうやって食うんだよ!?」


 自由な手を失った田所が、照れ臭そうに文句を言った。


「こうやって。」


 母は嬉しそうにそう言い、涙を拭っていた右手を、ポップコーンのカップに突っ込み、中のポップコーンを田所の口に運んだ。


 それは… 田所も、母に恋をした瞬間だった。






 高校を卒業しても二人は、いつも一緒だった。


 田所は、消防士、母は看護学生と、それぞれ進んだ道は違ったが、時間さえ合えば、会って、遊んで、そして身体を重ねた。


 ある日母は、自分の身体の異変に気付く。


 時々襲ってくる吐き気。


 常に熱っぽく、だるい身体。






 母の中に新しい命が芽生えていた。





< 8 / 107 >

この作品をシェア

pagetop